フテブテの歩み

サワユキ。傲慢な小娘。文筆家。演劇ユニット「燃ゆる塵芥」主宰。

ニセモノと呼ばれがちなホンモノ

どうしてもホンモノになれないときは、これはレプリカですって、はっきり表記したい。

 

松茸の素っていうお吸い物の粉末、アレと椎茸でご飯を炊くと、松茸ご飯っぽいモノを安く作れる。

しかもきちんと松茸ご飯を作るときより、調味料の分量や炊飯時間の失敗が少なかったりする。

 

どっちも一長一短なので、どっちかが尊いとは思ってない。

それよりか、世間的な価値よりも大事なのは、それそのものを偽らないことだと思う。

松茸風ご飯を松茸ご飯と偽らないことだ。

 

食品だって、産地ではなく産地の偽装が問題なわけで。

偽装するという心が美しくないのだ。

 

だから、松茸風ご飯も、たとえば料亭なんかで松茸ご飯として偽って提供されていたら許しがたいわけで。

そうではなくて、クックパッドに「安ウマ!カンタン!松茸風ご飯」として登録すれば、みんな喜ぶ美味しい料理として価値ある一品になるわけで。

 

ホンモノかニセモノかは大きな問題ではなく、それを偽るのが引っかかる。

 

人間の内面に関しては、そもそもホンモノって何?ってなるけれども。

演出によって出来上がった自分を、素の自分です、天然モノです、なんてやり方では、きっと天然好きな人からも、天然風なモノが好きな人からも、見つけて貰いづらいと思う。

 

なんだかわからないけど、偽らないでいたい。

そして偽らないという意味では、

誰かにニセモノや二番煎じと呼ばれがちであっても、ホンモノでいられると信じていたいし、信じている。