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フテブテの歩み

ゆき。傲慢な小娘。自称文筆家。

玉手箱を開けたい。

小学1年生のとき、1マスがチロルチョコサイズの大きなノートで、文字を勉強していました。

 

ジャポニカ学習帳でしたっけ?パンダとかコアラとかの写真が表紙で、表紙裏にいろんな科目の名前のシールがついていて。よく「せいかつ」と「さんすう」のシールを切り貼りして、「いかさん」というシールを作って遊んでいました。

 

 というノートの話は、まぁいいとして、

 

文字を大きく書かせるのは、「粗がよく見えるようにである」と聞いたことがあります。どこを改善すればいいかを指導しやすくするそうです。

つまり、「下手に見えるように書く」。これが意識の上でも、上達の鍵だそうです。

 粗が見えると恥ずかしいけれども、小さく書いてごまかしたいのをぐっと堪えて大きく大きく書きます。そして赤字で修正されるのです。

 

そういえば、小中の教師の採点のマルバツの文字って、結構強烈な印象があります。

赤いマジックで勢いよく記されたバツは、なんだか「ダメ!ダメ!ダメー!!!」と言われているようで、苦しくなりました。

 

だから、以前採点のバイトをしたときは、極力優しいバツになるように心がけました。いいのか?悪いのか?わかりませんけど。

 

最近は人に怒られる機会が少ないです。

それは多分、怒られに行く機会が少ないからだとも思うのです。

 

失敗が許されない世の中になってきたので、不得意なことをやらない、堅実な人が増えてきたのかと。

それもまたよくて、正解で。

 

でもたまには玉手箱、開けたいです。

「ああ、煙モクモクで、老けちゃうだろうなー。老けちゃうだろうなー。」

わかっていても、失敗してみたいのです。

玉手箱は失敗した先に、教訓以外は何もないですけど。もちろん教訓は大切ですけど。

 

玉手箱はともかく、

何事も練習中は、下手でも大きく書くことを心がけたいです。