フテブテの歩み

サワユキ。傲慢な小娘。文筆家。演劇ユニット「燃ゆる塵芥」主宰。

沈黙の、た易さ

困ったら沈黙に限る。当たりは引けないが、被害は最小限に留められる。

これは自明の理として、たくさんの人に使われている手法だと思います。

 

というか、沈黙を求められる状況も多い。「素人は黙ってろ」というような。

だから口を挟んで、とんちんかんなことを言うと、睨まれることもありますね。

 

確かに余りにも勉強不足で初歩的なことも理解してない人が話に加わってきたら、全然話が進まないし、「ちょっと黙っていてください」という気持ちもわかります。

 

ですが、その場とは異質な考えだからというそれだけの理由で、沈黙を求められるのは違うのではないかと。

 

決して受容しなくていい、そこに在るだけでいい。なのに、共存は沈黙の中でしか叶わないというのか。

 

選んだ末の沈黙ならいい、でも楽だからとか、人に悪く思われたくないからとか、そんな沈黙は自分のためにはならないですよね。

やはり人が成長するためには、沈黙ではなく発信が必要なのであって。

 

沈黙は楽です。

雰囲気的に、めっちゃ考えてるよ感を醸し出せれば、馬鹿には決して見えませんし。

むしろ、ワーワー喚く人を穏やかな目で包み込んでる風にも見えます。

 

けれども、本当に沈黙しなくてはならないところで沈黙し、語らなくてはならないところで語れているのか、自分???

 

また、沈黙というカードを使い過ぎている状況に危惧した私は、語り過ぎているときがあります。

必要なとき必要な分だけ!過不足なしに語ろうよ、沈黙しようよ、自分。

今日ですら、どれだけ語れてどれだけ沈黙できたのか、全くわからない。